2020年4月25日土曜日

発達障害児でも安心できるヘアサロン、発達障害児は“困った子”ではなく“困っている子”、発達障害児を叩いて危険回避することもある、発達障害の高機能自閉症は子どもでは気づきにくい、障害者と健常者が一緒に楽しめるユニバーサルスポーツ

発達障害児でも安心できるヘアサロン、発達障害児は“困った子”ではなく“困っている子”、発達障害児を叩いて危険回避することもある、発達障害の高機能自閉症は子どもでは気づきにくい、障害者と健常者が一緒に楽しめるユニバーサルスポーツについて

#1
 発達障害児でも安心できるヘアサロン

#2 発達障害児は“困った子”ではなく“困っている子”

#3 発達障害児を叩いて危険回避することもある

#4 発達障害の高機能自閉症は子どもでは気づきにくい

#5
 障害者と健常者が一緒に楽しめるユニバーサルスポーツ

発達障害を理解するためのコンテンツ 

発達障害者支援法


#1

発達障害児でも安心できるヘアサロン

発達障害の自閉症スペクトラム障害には、その特性として感覚過敏が多くみられます。

触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚の五感のどれか、もしくは複数の感覚が過敏すぎるために、普通に考えたら何も問題がないようなことでも耐えられなくなっています。

その五感の感覚過敏がすべて関係してくるのは食事のときですが、味覚を除いた四感の過敏に注意しなければならないことがあります。

それはヘアサロンでのカットのときです。

目の前で、耳元でハサミが使われるのは不安という人は、特に感覚過敏でなくても普通に存在しています。

カットのときに首に紐を結ばれる布クロスも、シャンプーのときのビニールクロスも首が締められて気分が悪いというのも普通にあります。

シャンプーの臭いも、髪を洗うときの指の圧力も気になる人には嫌な感覚です。

バリカンやドライヤーの音も苦手な人は少なくありません。

このようなことは感覚過敏の子どもには苦痛でしかありません。

一定の時間、椅子に腰掛けたままで自由にならないという状況も、初めての場所、初めての人が苦手な発達障害児には苦痛です。

中には周りに知らない人がいるというヘアサロンにいるだけでも苦痛となります。

そのためにヘアカットは自宅でするしかない、と考えている親も多く存在しています。

自分の親ならハサミを使われても安心という子どもも多く、最近では自宅でのヘアカットの方法を教えるボランティア活動をしている理容師、美容師も増えつつあります。

しかし、発達障害児でも安心してヘアカットにつれていけるようなヘアサロンとなると、関東、近畿、九州に発達障害児のためのカットに取り組んでいるグループはあるものの、まだまだ理解してくれているのは少数派でしかありません。

発達障害児のことを充分に理解していたとしても、カットには時間がかかり、それぞれの感覚過敏に合わせた方法をするにも時間がかかります。

子どもの10%も発達障害児がいるという状況にあっては、地域の既存のヘアサロンに発達障害を理解してもらい、少ない機会でもよいので、発達障害児を受け入れるようにしてほしいのです。

これによって、発達障害児が少しでも社会と触れ合い、苦手なことでも受け入れていけるような機会が増えること望んでいます。

そのためにも日本メディカルダイエット支援機構では、微力ながらも社会の理解を進める活動に取り組んでいます。

#2

発達障害児は“困った子”ではなく“困っている子”

発達障害を理解して、発達障害児の行動の特性を充分に承知している人なら当たり前と思えるような子どもの行動も、理解していない人には困った子どもと見えるかもしれません。

その子どもたちは、何も特別な感情を持って“困った”と思われるような行動を起こしているわけではありません。

自分が感じたままの行動を素直にしているだけです。

それを困った行動、困った子どもという見方をされると、そのことが心身の負担となり、ますます今の環境を生きにくいと感じてしまうことになります。

生きにくい環境の中で生きていくしかないことは、本人にとっては困ってしまっている状態で、まさに“困った子”ではなくて“困っている子”です。

どんなふうに困っているのかを知ることは、発達障害の中でも発現者が多い自閉症スペクトラム障害、注意欠如・多動性障害、学習障害の特性を知ることと同時に、普通ではわかりにくい感覚過敏の苦しさを知ることだと提案させてもらっています。

困っている子が、困った子と捉えられてしまうのは、社会の受け入れ体制の問題が大きいと考えられています。

それは社会的な理解の低さという全般的なこともあるのですが、その延長にあるのは入社の選考基準です。

アメリカを例にすると、個性、特殊能力といったことが優先されています。

それに対して日本の企業の選考の基準となっているのはコミュニケーション能力で、ダントツの1位となっています。

コミュニケーション能力は、社会生活において他者と円滑に意思の疎通が行える能力、他者と上手にコミュニケーションを図ることができる能力を指していて、このコミュニケーションは発達障害児が最も苦手とすることです。

大人になると徐々に社会性は身についていくものの、コミュニケーション能力だけは、なかなか改善されていかないために、集団行動ができない、会社勤めができないという結果にもなります。

発達障害児の親の大きな悩みの一つに、子どもの将来、その中でも就職の問題があります。

就職に不利になるから子どもが発達障害であることを隠すということが起こる原因としても日本の入社選考の基準があげられているのです。

この隠すという行為が、発達障害児の改善の機会を奪うことにもなり、支援が受けられず、改善ができないままに困っている状態を引きずり、大人になって大きな困難にさらされるようなことにもなりかねないのです。

#3

発達障害児を叩いて危険回避することもある

人前で子どもを叩く行為は、今では虐待そのものであると考えられるようになっています。

虐待防止法が改正され、2020年4月からは親がしつけに際して体罰を加えることは禁止されます。

子どもを戒めることを認めた民法の懲戒権も2年をめどに、あり方が検討されることになっています。

懲戒権は体罰を容認する口実になっているとの考えによるものですが、しつけでも懲戒でもなく、注意喚起のために子どもを叩くという行為はどうなのかというと、これも虐待と捉えられるような風潮があります。

発達障害のうち注意欠如・多動性障害は、不注意、多動性、衝動性の特徴があり、危険であることへの不注意から駅のホームやバス停などで車両が近づいてきているのに危険を感じずに、線路や道路に飛び出すことがあります。

不注意は集中力が続かずに、注意力も続かない状態によって起こるものです。

多動性は、じっとしていられない、落ち着きがなくて行動をコントロールできないものです。

衝動性は、衝動的な感情が抑えられずに、思わぬ行動を起こします。

関心のある乗り物に近づいていくというくらいなら、体罰と勘違いされるような行動を親も起こさずに済むところですが、ホームに入ってきた電車に早く乗りたくて、まだ動いている電車に向かって突進するということもあります。

バス停に向かって来ているバスに対して、道路に飛び出して真正面から向かっていくという例もあります。

そんなことにならないように、駅のホームやバス停では、しっかりと子どもの手を握っている、犬じゃあるまいしなどと言わずに腰紐をつけておく、ということが言われることがありますが、それが不十分であると、いきなり飛び出すことがあります。

その急な行動に対して、手を引っ張る、抱きかかえるということが、すばしっこい子どもには間に合わないことがあります。

声をかけるだけでなく、手を出して、それでストップをかけさせるということが必要な子どもがいるのです。

そのことについても発達障害を理解してもらうための講習で伝えさせてもらっています。

#4

発達障害の高機能自閉症は子どもでは気づきにくい

発達障害の自閉症スペクトラム障害は、他人との交流を避ける、空気が読めない、人付き合いが苦手という特徴があります。

言葉の発達の遅れがみられることはあるのですが、会話のやり取りがうまくできない、相手の表情を読み取れない、相手の気持ちが理解できないといったコミュニケーションがうまくとれないことが大きな特徴とされています。

コミュニケーション能力に問題があるだけではなくて、強いこだわりがあり、自分なりのルールを定めて、これが崩されると混乱して、パニックを起こすこともあります。

自閉症の一つではあるものの、知的な遅れがない高機能自閉症であって、その中でもアスペルガー症候群は、むしろ知能が高い傾向にあります。

自閉症であっても症状が軽いことが多いことから、発達障害だと気づかれないこともあります。

そのために大人になってから気づかれることが多くて、子どものときから発達支援が受けられないために、改善されないまま成長して、社会生活で人間関係がうまくいかない、自分の意志を通そうとすることが強引と捉えられる、自分の考えと違うことをされると怒りが湧いてくるといったことが将来にわたって残ることがあります。

アスペルガー症候群は、子どものときなら他の人に当たったとしても暴力的というところまではいかないものですが、大人になってから診断されると、体力的に優れている、家庭の中で強い立場にいるといったこともあって、周囲が改善をさせようとしても、それに反発して暴力的な行動に出ることも多くはないものの、認められています。

病院で診察を受けさせようとするだけで、暴力的に抵抗することも例として報告されています。

そのために親は病院で治療を受けさせることができない、家庭内で荒れるだけでなく、家の周囲の弱い立場の子どもたちや高齢者に攻撃的になるということもあります。

そのようなことにならないようにするためにも、早期に発見して、隠すことなく、早期に支援を受けられるようにすることが大切なことだということを常に訴えさせてもらっています。

#5

障害者と健常者が一緒に楽しめるユニバーサルスポーツ

バリアフリーとユニバーサルの違いについては、わかっているようで区別がつかないという人が多いようです。

バリアフリーは障害者や高齢者が障害となる物理的な障壁を取り除くことで、ユニバーサルは障害者も、それ以外の人も同じように過ごせることを指しています。

ユニバサールの立場で健康づくりに取り組む中で、注目をされているものの一つにユニバーサルスポーツがあります。

ユニバーサルスポーツについては、日本福祉大学の藤田紀昭教授が「障害の有無に関係なく、一緒に実践できるスポーツ。

また、体力、体格などで有利な人だけがゲームの主導権を握り、活躍するのではなく、それらに劣る人も同じように得点獲得や勝敗にかかわることができるように考案され、構造化されたスポーツ」と定義しています。

もともとのユニバーサル(universal)は、すべてに共通すること、普遍的であることを示す言葉で、ユニバーサルな視野をもってスポーツの可能性を最大限に活用して、障害者も健常者も、また年齢にも左右されずに等しく参加して、健康面だけでなく、幸福につながる多方面の利益が得られる環境づくりを目指しています。

障害者が実践することができて、発達障害者にとっても活躍の場にもなるユニバーサルスポーツは、体力や体格、技術面で、これまでスポーツに積極的に参加してこなかった人たちにも、また高齢者にも継続してもらえるスポーツとなります。

高齢化は身体の障害化にもつながり、超高齢社会においてはユニバーサルスポーツの重要性が、ますます高まります。

スポーツを通じた健康づくりを実践するためにはユニバーサルスポーツの実施とともに、栄養、生活法などの学習も重要になります。

運動、栄養、生活法(入浴、睡眠、排泄など)を組み合わせた健康づくりで実績を積み重ねることができれば、多くの対象者にも共通して実施できる包括的なユニバーサルスポーツとして広く普及することができるようになります。

ユニバーサルスポーツは、競技者として参加するだけでなく、多くの関係者が指導や組織運営などに広く関わることができるものであることが期待され、これまでスポーツとは距離を置いてきた人たちが力を発揮することができる新たな活躍の場とすることができるということです。

特定非営利活動法人日本メディカルダイエット支援機構

理事長 小林正人様

より掲載依頼をいただきましたので、掲載しております。

発達障害を理解するためのコンテンツ

発達障害者支援法

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